No. 2533神宮外苑24時間チャレンジ  その1  〜フォーム〜

この土曜日11時にスタートし、日曜日11時にゴールする神宮外苑24時間チャレンジを走ってきました。

前回のブログに書きましたとおり、今回は良い状態ではスタートラインに立てませんでしたが、その時できる走りはできたと思ってます。

満足してます。

こんな記録で満足なんて、と思う方は絶対にいると思いますが、自分自身が満足なら、それで十分です。

考えたら、自己ベストが出せなかったレースでこんな気持ちになったのは初めてです。

ご存知のとおり、私はレース前に、目標や綿密なレース計画を作ってブログやfacebookにアップしますが、今回は寒さや補給の対策は考えましたが、目標記録は考えませんでした。

というより考えられなかったのです。

今年はチャレンジ富士五湖、野辺山ウルトラ、サロマ湖100キロまでは順調でしたが、それから調子を崩し、楽しみにしていたスパルタスロンは、初めてのリタイアという悔しさを味わいました。

その後のハセツネもスタートし、数キロの山に入った時点で既に走るのが嫌になるくらいの状態になり、さいたま国際マラソンはハーフ前に左肩を軽く脱臼するなどし、ここ数年のワースト記録の3時間17分台。いたばしリバーサイドハーフも1時間28分台が精一杯というありさまでした。

思うような走りが、この先出来るのだろうか?と考え始めました。

今回の結果は200キロに僅かに及ばない記録でしたから、残念だったねというコメントもいただきましたが、自分的にはよくぞ、そこまで積み上げたと思っているので残念な気持ちはほとんどありません。

レースを知らない方のために簡単に書きますと、1周約1325mの周回路で開催されたこの大会は24時間で、どれだけ走れるかというシンプルな競技です。

マラソンでも、100キロレースでも、ゴール地点はありますが、この大会にはゴールはありません。

マラソン等は速く走れば、速く終わるけど、速くても遅くても終わる時間は一緒です。

1時間ごとの周回数や、その時の外的及び内的な状態、どのようなアイテムを使って、どのような補給をしたかは、それぞれ個別に書きますが、多くのことを学ぶことができたレースでした。

多くのことを学んだ。と書くと精神論的な話になりがちですが、これから私が書くのは可能な限り、精神論的な話は書きません。

今回はまずフォームについて書きます。

私はウルトラプロジェクト〜効率的なフォームを目指して〜ウルトラプロジェクト 〜パーソナルレッスン〜で書いてるとおり、見た目綺麗なフォームではなく、効率的に走るためのフォームを目指してます。

基本、練習会等でも、教えるのではなく、本人に気付いてもらうようにしてます。

レース前のブログにも書いてますが、ヤバイ部分は分かっているので、そこに極力負担のかからない走りを模索しました。

最近は直立不動の状態でも、右肩が下がっていました。元々そんな癖はあります。そのような立ち方では当然ながら右脚重心になります。

また、神宮外苑の歩道は水捌けの関係から道路側が少し引くなっています。

そうなると、フラットな場所でも右側に体重がかかる私は更に右側に重心がいってしまう。

そこで、今回は左足の接地を意識して、右足はそのバランスをとるような走りにしました。

また、左尻が痛くなっても、歩ける限りレースは続ける覚悟はありましたが、左肩に痛みが出たら止めることにしていました。

   
    
 
痛みが出ないように、事前にできることはした上で、極力腕や肩を使わない走りに徹しました。

もちろんスピードは出ませんが、少しでも長くレースを続けるためです。

スタートして、左足で接地を意識するのは慣れていないので多少違和感はありましたが、しばらくして慣れました。

最初の数時間は平均キロ5’30〜45で走りたいと思っていましたが、キロ5’50が精一杯でした。

とにかく焦らないようにしました。

序盤の4時間は抜かれまくりでしたが、徐々に周りのペースが落ち始め、私は一定のペースで走っていたので、私を抜くランナーはだんだん減っていきました。

ただ、6時間経過時点の順位は50番くらい。

その後、抜くランナーは更に減り、今までは抜かれたらあっと言う間に差がついた上位ランナーとのスピードも詰まってきました。

そして、リタイアや休憩が相次ぎ、次第に順位も上がっていきました。

時間帯によっては、私を抜いた上位ランナーを追ってペースアップを図ったり、抜いたりも出来るようになってきました。

コース上には、身体を痛めても必死に走るランナーや、走ることが出来なくなったが諦めることなく歩くランナーが増えてきました。もちろん止めるランナー。。

そんな中で私は徐々に調子が良くなってきました。

もちろん序盤は内転筋が痛くなったり、足底に張りを感じたりはしましたが、大会参加者で一番元気な時間帯もあったと思います。

日付が変わってしばらくした、順位が30位くらいに上がった頃、少し眠くなりました。我慢出来ない眠さではないけど、レースはまだまだ続くので大事をとって5分だけ寝ることにしましたが、これが失敗でした。。。

それまでは1時間に8〜9キロは進めていたのに、4キロも進めない事態に陥りました。

その内容は次回書きますが、朝方になり、ラスト4時間半で、まだ160キロにも到達してなかったのです。

その1時間に4キロのペースでは180キロも行けるかどうかでしたが、そこから積み上げ200キロ直前までいったのです。

フォームに関しては、自分の影がうつる時間帯には、ブレをチェックしながら走りました。

また、ゆっくり一定のペースで走ると、次第に腰が落ちて、効率の悪いフォームになる自覚があったので、速くてリズムの良い上位ランナーに抜かれたら、ついていったり、抜いたりしました。

やはりペースを上げようと意識すると上体がグイッと前に出て、楽に進みます。

またあえて違うペースで走ることで、同じ筋肉を使わないようにもしました。

そんな風にしたことから20時間を超えた朝7時頃もこんなフォームで走っています。

 
この画像は走る!旦那の「マラソン道」の田中さんがうつしてくれました。

ラスト1時間頃はこんな感じです。

  
これは、ウルトラプロジェクトのメンバーの北沢さんが撮影してくれました。

自分で見ても、とても23時間くらい走ったランナーには見えません。

結果25位まで順位を上げました。

自慢できるような結果ではありませんが、レース前の状態から、ここまで走れるとは思わなかったこと。そして終盤もフォームが崩れなかったことなどから、満足のレースでした。

また、今回走って、この時期の24時間走は厳しいと思いました。

やるなら、選手や大会スタッフ、ハンドラーの健康を考えて、暖房設備を用意した休憩設備が必要だと思います。

多くのランナーが

フォームが崩れる→ペースダウン→身体が冷える→睡魔に襲われる→気力も失われる

という状況に苦しみ、日付が変わる前にコースを離れましたが、いつものような時期なら、潰れても、眠ったり休めば復活することはあります。

ただ今回は寒くて、潰れても寝てられないくらい寒いのです。

もちろん、寒いのは分かっているのだから、ウェア等の対応を考えることからレースはスタートしていますし、どうしようもない場面で、どうするかもウルトラマラソンの醍醐味だとは思います。

今回のエイドはウルトラマラソンを走るランナーが何を欲しているかを分かっているメンバーが運営してくれたので、ホント助かりました。

身体が冷えている時の、温かいスープはホント嬉しかったです。

その他、寒い中、コース管理などをしていただいたスタッフの方や、24時間応援していただいた方もいました。

仲間もたくさん応援に来ていただきました。

また、今回もハンドラーをしていただいた妻にも感謝です。

多くの方に支えられて走れたことは幸せだと思います。

みなさんありがとうございした!!

今回は、その1ですが、その2以降もお読みください。

ウルトラマラソンに限らずヒントがあると思います。
その2へ進む

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